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2013年3月19日 (火)

楽間の宝搭と本郷の百庚申塔

楽間の宝搭 
塔身は半球形に近い赤城塔で、上半はくびれて首のようになっています。その上に屋根形の屋蓋(おくがい)と相輪(そうりん)が乗せられています。基礎の正面に銘文があり、正長3(1430)年・583年前、永享9(1437)年・576年前、嘉吉3(1443)年・5702年前・・・東国の内乱 享徳3年(1454年)559年前ですから、戦国時代前期です、

・高崎市沖の団地近く・井野家の墓地の一角にあります

この楽間の宝搭・正長3(1430)年・583年前、永享9(1437)年・576年前、嘉吉3(1443)年・5702年前と・・
・以前紹介した町屋の宝塔・永享9(1437)年・576年前や本郷の安養寺跡の宝塔・大永元年1521年・492年前・そしてきわめつけは・上大島の安養寺跡・笠塔婆・文永5年・1264年・749年前・・県内最古の供養等が・・ほんの近くにあちます、関連性が・・

・右画像は本郷の安養寺跡の宝塔と一体にあり・本郷の百庚申塔群(本当に約百基あります、お堂のうらに、シダレ桜2本これが枯れた古い木が・江戸時代の文化・文政のころ(江戸中期・約200年前に)全国的に流行した・月待行事、、二十二夜、二十三夜などの特定の月齢の夜、「講中」と称して集まりではないか・・

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