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2013年5月17日 (金)

来迎寺 長野氏累代の墓

来迎寺 長野氏累代の墓
来迎寺にある長野氏累代の墓は、長野氏滅亡後、まわりの濠の中に崩れ落ちて埋められていたものもありましたが、大正12年ごろ、長野氏の子孫の人たちが発掘し、現在地に整理して安置したものです。石塔の組み方に寄せ集めのものがあるのは、そのためです。

墓地には五輪塔(ごりんとう)8基、宝篋印塔(ほうきょういんとう)6基が整然と並べられていて、墓地に立つと、長野氏往時の盛んな様を偲ぶことができます。年号を読み取れるものもいくつかあり、至徳元(1384)年、応永9(1402)年、永享11(1439)年、寛正4(1463・・戦国前期(1454年関東の内乱享徳の乱前後の石仏群)・高崎市HPより

・・・約500年前の戦国時代、中世の景観そのものです、上州の西部の歴史を捉えるのに、新田氏、里見氏、小幡氏、長尾氏、山内上杉氏、そして長野氏を抜きに歴史が捉えないのがよくわかります。

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