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2013年8月17日 (土)

地域(郷土の歴史資産)とは何か・

地域とは何かと(郷土の歴史資産)・・・私の思いをちょと・・

榛名山・とりわけ、榛名神社は特別の存在として(榛名神社の名は延長5年(927)に完成した『延喜式神名帳』という、「式内社」と呼ばれ・・)1000年以上の歴史が・・県内外に今や全国区なっている、歴史的資産であると思う・・・

 それ以外の、久留馬地域(本郷地区は古代より5C~6C頃豪族の拠点古墳群・中世の五輪塔、本郷町 在地の土豪 本郷衆 本郷後側 嶋方家墓地の五輪搭群 74基・・・個人の墓地にこれだけ、中世の五輪搭群あるのは、県内でも大変めずらしいです・・とにかく中世そのもの、・15Cの長谷寺の宝塔や本郷安養寺の宝塔と周辺に10基以上・・)・・・調べれば、調べるほど、歴史景観がズッシリ・・ もうひとつ、群馬県の名称発祥の地といわれる、車川を挟んで、月波神社、車持神社、在地豪族を車持氏・久留末・久留馬と古代の名を今も伝えています・・・・

室田(毛呂田)地域、中世の雄、山内上杉氏から長野氏最大級重要砦のひとつ、鷹留城・古刹長年寺、長野氏の家臣団が今でも室田町を支えています、戦国後期、上杉・武田・北条の三つ巴戦乱の歴史舞台の地・・1500年頃後期)

そして里見地域(12C河内源氏の一族里見氏、新田義貞生誕の地・八幡観音塚古墳の石室60トンの石は上里見の間野から産出した、これこそ歴史上、初見の里見石・・1500年前は上毛国最大級の豪族がいた・・・ 

 古代では川を挟んで里見丘陵と本郷丘陵・一代古墳群があり、その烏川(カラ)・榛名山(ハンナ山)・(吉井町ではなく)多胡碑、多胡神社(間野町にある)・渡来系名称の由来もあり・・原倭人・弥生・古代人か・・・古来より綿々とこの地域は・・歴史の流れ(時間)経過しています・・

 高崎市旧榛名町を 榛名山麓、榛名地域 と簡単にくくってしまう見方は、余りにも表層的、地域の歴史が埋没し根源的人間存在を疑われてと思われる・、榛名山と榛名神社、室田(毛呂田)、久留馬、里見、大きく分けて、四つ地域は独自の歴史的背景が、地域歴史文化資産とは何かと問われていると思うのですが・・、たった58年位前(昭和30年、大合併により)歴史的名の遺産が・・・時代の権力者によてつぶされてしまう。

このごろ(榛名町誌全巻通読、精読、して)痛感しています、・・地域の歴史的資産とは何かと問いています・・

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